2025/03/07  
HPT-700の標準ケーブルの話

 かなり前に断線していたHPT-700。エージングしてただけで特に物理的な負荷は掛けていないのにアース線が断線した。ボーカルが抜けてカラオケ状態だったので、アース線側の断線と判断した。しかも引っ張ったりしてないのに断線したのではんだ不良だろう。そのうち修理しようと思って放置した状態のままだったのだが、修理することにした。

ケーブル構造は初めは2芯シールドかと思ったが、丁寧に分解すると1芯同軸×2構成だった。正確には中心導体も介在に巻き付けて円筒状にしている円筒同軸×2構成。NEGLEX 2804のような構造をヘッドホンケーブルでやっていて、しかもそれを全部極細リッツ線でやっている非常にこだわった構造だ。
だが、これは生産性を考慮していないゴミだな。この仕様だと工作難易度が高すぎて大量生産では安定した品質を実現できないだろう。 なぜなら、シースを剥くために、シースに切れ目を入れて引き抜こうとするだけでシールドがブチブチ切れる。リードペンチでシースを引き裂きながらでもその時の負荷でブチブチ切れる。なので切れたら、さらに1cmくらいシースを引き裂いてうまくいったところで終了とした。たぶん4回くらいやった。
これは工場でこんな丁寧に作業できないので、絶対切れて導通してない線があるよね。これが非リッツだったら、接触面から導通するけど、リッツは導通しない。しかもリッツだからハンダ不良も起きやすい。事実ハンダ不良で断線しているわけだし。

しかもこのケーブル分岐点でも継いであるので、このアース線が切れやすいうんこなケーブルをアンプ側プラグ、分岐点アンプ側、分岐点ヘッドホン側×2、ヘッドホン側プラグ×2と6か所切断とはんだ付けするわけでしょ。6回もブチブチ切れるケーブルの結線作業しないといけないわけ。しかもハンダ不良の起きやすいリッツ。そりゃアース線が導通不良で断線するわ。


ただサーモスはヘッドホン生産に経験がなかったのだから、これは仕方ないのかもしれない。
むしろ、シールドもリッツになっていて、これはかなりこだわった設計になっている。その点では好感が持てる。
個人的には同軸なので行き線と帰り線で対称設計でないのが気に入らないが、シールドリッツはノイズの発生を抑えられるので通常のシールドより優位なはず。あと構造的にシールド外に磁界を漏らさないので、クロストークを完全に遮断できるのもメリットかな。さらに円筒導体だからインダクタンスも低減できる。


と、拘りは感じたのだが、このケーブルの仕様を見て品質の安定性に問題ありと感じたので、修理するか悩んだ。
この線をシールドが切れないよう綺麗に剥いて、結線するとなると、シースを剥くだけで10分、下手すると20分くらいかかる。

シースに切れ目を縦に入れてリードペンチで引っ張る。また少し切れ目を入れて引っ張る。それを複数回、導体が見えるまで繰り返して、カッターの刃先がシールドに触れないようにしてシースを取り外す。カッターの刃先が触れただけで簡単に断線する。

それくらい丁寧に作業しないと切れるのだが、このケーブルを完成させるのにそれを6か所しないといけないんだよね。工員がそんなことできるわけないので、このケーブルは結線のたびにシールド線が何本か切れていることだろう。製品の段階で設計者の意図通りには完成していないだろう。これは生産側でなく設計側が悪いんだけど。まぁ、「多少線が切れてても導通してればOK」という基準なら量産でも作れるだろうけど、それをOKにするなら、ここまでこだわる必要もない。しかもこのこだわりはカタログには載っていないこだわりで、消費者にアピールするための仕様ではない。あくまで音質のためのこだわりなのだ。

そう考えると修理するモチベーションも下がってくるのだが、せっかく綺麗に剥いたから修理することにした。こういうのをコンコルド効果って言うんだよね。



で、修理する段階で、これ最初は中心導体はただのリッツだと思ってたら、リッツではあるんだけど、中心導体の赤青線には透明の絶縁体が被せてありました。また中の赤青線が細くて切れやすい。絶縁体をはがす段階で、何本か切れたのでまた最初からやり直しになってしまった。。。被膜の中の導体も色付きリッツなんだけど、デペントXでは剥がせないのでハンダで溶かす以外方法がないようです。確実性を増すため一旦ハンダ付けしてから、ハンダ吸い取り線ではんだ除去した後、再度はんだ付けすることにしました。コテ温度は360℃では全く足りないので、掟破りで410℃ではんだ付けしています。410℃で5秒というところでしょうか。確実性を増すためにハンダは2回付けしましたが、1回でもよかった気がします。
中心導体は輪っか状になっていて、表皮効果にも有効になっています。製作者は表皮効果を意識してこのケーブルを設計したことがうかがえます。ただし、この設計者の経験不足なのか、作る人のことは一切考えていない。工場で組み立てたら設計通りに組みあがることがないことがすぐにわかるような感じです。頭の中だけで考えて設計したようなケーブルで、設計者は一回もこのケーブルを組み立てていないと感じました。一言でいえばゴミだよ。すまない、作業していて腹が立ってきたので暴言を吐いてしまった。実際は請け負った業者が「できるできるー」言ったのかもしれませんが、個人的にはこれを量産で作るのはかなり無理があると思う。そう思うのは私が他人の作ったものをそこまで信用していないからかもしれませんが。この設計者の意図通りに制作するなら、熟練工が時間を掛けて制作するというのならありだと思います。ただしその場合、このヘッドホンの価格では出せなくなるでしょう。
個人的には「ここまで線を細くしなくても・・・歩留まり悪くなるし、他のところ改善すればいいじゃん」と思うのですが、HPT-700の設計者は表皮効果を至上命題としたのでしょう。至上命題としたからにはここまで狂気的なことをする。そういう人が開発したヘッドホンがこのHPT-700なわけで、ケーブル単体の音は分かりませんが、そのこだわりは出音に随所に表れています。うーん、やはりVECLOSは無くすべきじゃなかったな。






NEGLEX 2804のような円筒同軸。それを×2構成。画像のようにシースを縦に割り裂いても芯線が切れてしまいました。シースの中に切れた線が残っています。なのでこの後再度剥き直しています。



今回使うプラグ。P-240T。



P-240Tのアース金具の上にあるシート。たぶんケーブルが引っ張られたり、動いたりしたときに、接触を防ぐための絶縁用だと思いますが、邪魔なので切りました。作業の邪魔だし、こういう部品が付いてると音悪くなるし、どうせエポキシ充填するのでいりません。



標準ケーブルを奇麗にばらした図。シールドより内側の中心導体も、強化用の紐に巻かれていて、円筒構造になっていることが分かります。



プラグに取り付け中。導体の接触を完全にするため銅線で結んでからはんだ付けしています。



はんだ付け1回目。この後、はんだを吸い取ってからもう一度はんだ付けします。



はんだを吸い取り後。



はんだ2回目。フラックス残渣のクリーニングもしています。このプラグはマイナスドライバー型のこてを使えば接触面積が稼げるので、割と楽にリッツ被膜を落とすことができました。それでも410℃で5秒ほど必要でした。今考えると、1回目で十分奇麗に仕上がっているので、2回目はいらなかったかもしれません。



経過を撮り忘れましたが、エポキシを充てんして、タレてこないよう、縦にして静置します。いつもは音質的に不利になるのでケーブルはカシメずエポキシ充填のみなのですが、今回はカシメています。ちょっとでも負荷がかかるとプチンと切れてしまうような線なので。



完成。導体をただの1本すら失わずに完璧に仕上げたので、かなりご満悦。P-240Tのケース穴もまるでこのケーブル用に誂えたかのようにぴったりフィット。





 で、久しぶりに聴いたHPT-700の音ですが、記録によると20230112時点で2343時間のランダムエージング時間(+1000時間の通常の再生エージング)となっていた。

HD120で視聴。
 2年ぶりに聴いたのでまだ本調子じゃないだろうと思ったので、一応24時間ほど鳴らしこんで聴いてみました。エポキシを樹脂を流して60時間ほど経過しています。
最初クリアではあるが音が痩せててちょっと情けない音だと思ったのですが、それでもK701より音が良い。低音が少ないことを除けば、癖の無さ、自然さでは手持ちのヘッドホンの中ではピカイチのヘッドホンだろう。現状K812やnighthawk carbonの音質には劣ってはいるけど、シャッフル再生でのエージング時間が2343+24時間であることを加味して判断するなら、素性の良さはK812やnighthawk carbonよりも上だろう。でも鳴らしきったHD650にはたぶん及ばないだろうな。エージングが進めば、癖の無さ、自然さではでは上回るだろうが、肉声感や音の豊かさではHD650には敵わないだろう。と、そういう判断をしています。「お前の中ではHD650はどんだけ良い音なんだよwww」と思われるかもしれませんが、絶対的な視点で言うならHPT-700もHD650もそんな大差ないだろうとは思います。10点ちょいの点数で1,2点の差を争うようなそんな感じ。ぶっちゃけ「どっち選んでも大差ねーよ」とは思いますが、私が重視する音質項目においてはHD650の方がちょっとずつ優れていることが多い。自分の感覚にマッチしているというのかな。それにHD650には数字で、いや言葉で表せられない良さがある。
それでも、HPT-700も良い音であるのは違いない。HPT-700買ったときにべた褒めしたけど、今聴いても褒めるだけのものは持っているなと思う。良いヘッドホンだよ。これは。signature pureと比べたら相当音痩せるけど、作為の無さ、しっくりくるかどうかで言ったらHPT-700のほうが良いかな。